AKIO:SIDE

いかにもノリが良さそうな曲が流れている。
アップテンポというより、デタラメに近いようなドラム。
またつまずきやがった。
ギターもそこ、間違ってるぞ。
喚き散らすだけのボーカルなんてもう沢山だ。
はぁ、客もなんでこんなのでノれるんだろう?
オリジナルとか言ってるけど、所詮は流行歌のパクりじゃないか。
このバンドもいつもと同じか。
まあいい、ラストまであと1曲。
それまでは我慢してやるよ。


「おつかれ」
「おう!」
確かに疲れた。いろんな意味で。
「最高だよ!客もノってたし」
ふりだけだな、あれは。
「4人とも殆どミスったりしなかったしな。」
何言ってんだ?ミスだらけじゃないか。
「やっぱりアンタに入ってもらって正解だったぜ。これからもよろしくな」
「悪い、俺はこの1回で辞めるよ」
「・・・は?」
3人とも間抜けな顔してる。無理も無いけど。
「何言ってんだよ!思いっきり盛り上がってたじゃねぇか!」
「このままメジャー目指そうぜ?」
ギターとドラムが必死で引き止める。
だけど俺はもうやるつもりが無いからしょうがない。
「ヘルプだったと思って諦めてくれ」
「何でだよ!?」
ギターが詰め寄ってきた。
説明するのは面倒だけど、やっぱ言わなきゃいけないか。
「ショップにあったメンボの張り紙にさ、『プロ思考。メジャーデビュー目指してます』って書いてただろ?」
「だからメジャーに・・・」
「無理だ」
空気が凍る。やっぱり怒るか。
でもここまで来たら俺も言うのを止められないし。
「掻き鳴らすだけのギター、滅茶苦茶なドラム、喚くだけのボーカル。はっきり言って素人だ」
「何言ってんだよ!あんなに盛り上がってたじゃねえか!」
まだわかんないのか。
「遊園地と同じさ。稚拙でも客は楽しむ。だけど、記憶には残らない」
ちょっと言い過ぎたかもしれないが、言ってしまった事は取り消せない。
「まあ、そういう事だ。じゃあな」
「待てよ」
振り向いたら、ずっと黙っていたボーカルの拳が目の前にあった。
激しい打撃音。
なんてのは期待しちゃいけない。慣れてるから。
突き出された拳は俺の顔の横を通り過ぎていた。
「リーダーの返事は聞いたよ。月並みだけど、これからも頑張ってな」
ドアを閉めると、後ろから何かに八つ当たりしてる音が聞こえてくる。
いつもの事とはいえ、ちょっと良心が痛む一時だ。
最後に1度振り返ったら「Feel My Heart」という文字が目に入ってきた。
このバンド名みたいだな。
そういえば、メンバーの名前すら知らなかった。
まぁ、どうでもいいことか。


Heat:01話
「深く、静かに」

SIDE:0

ネオンの輝きから離れ、閑散としたビジネス街。
時間が夜だけに、さながら廃墟のようにも見える小さなビルへ向かって青年が歩いていた。
ベースを背負った青年は迷うことなく、吸い込まれるようにそのビルへ入っていく。
ガチャ。
「章雄か。今日のライブは・・・聞くまでも無いか」
「いつも通り。とりえず何か飲むもの頂戴」
章雄と呼ばれた青年、橘章雄はベースを置いて向かいの男に告げた。
男は手馴れた様子でオレンジジュースの入ったコップを差し出す。
「マスター・・・俺はもう子供じゃないんだからさ、こんな時くらい酒を出してくれてもいいんじゃないか?」
「今日はまだやってもらうことがあってな。”下”で客が待ってる」
「・・・」
章雄は黙ってコップの中身を一気に飲み干し、店の奥にある大きなケースを持って階段へ歩いていく。
「今日は誰?」
階段を下りる手前で一度振り返って確認する。
「行けばわかる。いつもより真剣にやらなきゃダメな相手だ」
「俺はいつも通りにいくだけさ」
そういい残して階下へと歩いていった


階下の分厚いドアを開けると、上の古びたバーとは打って変わったライブハウスの内装。
客用ソファーが中央に置いてある、酷く妙な風景。
そしてそのソファーに座っている人物は、風景の異常さなど軽く凌駕する人物だった。
引き締まった体躯を包み込むタキシード。
全体から漂う品格は、その人物が只者ではないことを如実に物語っている。
『夜遊びは程々にしないと、生活リズムが狂ってしまうよ』
ソファーに座っていた白人男性が英語で話しかけてきた。
『若いから大丈夫ですよ、Mr.トーマス』
章雄も流暢な英語で返答する。
トーマス・エリクソン。オーケストラ指揮者として世界中で公演を成功させている人物である。
とてもこのような場末のビルにいるはずの無い人物だった。
『そういえば日本公演の最中でしたね。ホテルから1人で出かけたら大騒ぎになるのではないですか?』
『だろうね。今頃大騒ぎだ』
そう言ってトーマスは大声で笑った。
しばらく笑った後、優しげな笑顔が引き締まり鋭い視線に変わる。
『だけど、そこまでする価値が”ここ”にはある』
『買いかぶり過ぎですよ。ここにあるのは美味い酒を出すマスターと只の大学生です』
物憂げな章雄の視線と鋭いトーマスの視線がぶつかり合う。
『ふ・・・ままあいい。1曲お願いできるかな』
『かしこまりました』
章雄はそう言うと、大きなケースからチェロを取り出した。
調律済みなのを確認し、演奏に入る。
『待った』
トーマスの突然の言葉に、演奏を開始しようとした手が止まった。
『今日はそちらの演奏が聞きたいのだが』
トーマスが指差した方向には、スタンドに立てられたベースが置いてあった。
『かまいませんが、貴方の嗜好から外れるのでは?』
『今日はそのために来たんだ』
『・・・わかりました』
章雄はチェロをケースに入れ、立てかけてあるベースを手に取った。
アンプに繋げ、音をチェックする。
深呼吸を2回。
呼吸を整えて演奏に入った。
4本の弦の上を章雄の指が流れるように押さえる。
緩急のしっかりした曲が部屋全体を満たし、体中に染み込んでいく。
曲が一つ終わり、章雄の手がベースから離れた。
『良い曲だったよ』
『ありがとうございます』
『だが、音というのは正直だ。君の悩みが如実に伝わってくる』
トーマスの言葉に、章雄は黙るしかなかった。
『はっきり言わせてもらおう』
『・・・』
『君が「バンド潰し」と言われているのは既に聞いているよ。プロを目指すと言っているバンドに入り、合わないからといってすぐ辞める。君の目的は一つ』
しばしの沈黙。
『”探している”のだろう?』
数秒の後、参ったというような感じで章雄が口を開いた。
『貴方には敵いませんね。その通りです』
『もう一つ言わせていただこう。今の君では探し当てることは無理だ』
章雄の表情が少し険しいものとなる。
『補足だ。決して君が下手だといっているわけではない』
『ではどうして?』
『君の母上「キミコ・タチバナ」の限りなくパーフェクトなチェロ、その知人の世界でトップクラスのミュージシャンたち。君は音楽を知っているというレベルではない。”知りすぎている”のだよ』
『すません、母のことは・・・』
章雄の母、橘貴美子は章雄が大学に入った年に交通事故で他界していた。
音大に入った章雄が、コンクールで入賞の知らせを持って帰ろうとした矢先の出来事だった。
その傷跡はいまだに深く残っており、その記憶のため章雄がコンクールの類に出場しなくなってしまっているのである。
『すまない。だが、君の目に適うレベルをアマチュアから探すのは不可能に近い』
『そうかもしれません』
自嘲気味の口調で言う。
『考え方を変えてみるのはどうかね?。1人ずつ、少しずつ、ゆっくりと育てる』
『育てる?』
『君自身が人を集めるんだ。曲に合わせて人に教え、人に合わせて曲を変える』
トーマスは立ち上がり、言葉を続けながら階段へ通じるドアへとゆっくり歩いていく。
『人の集まりというのものには天命がある。もしダメだったら君の力がそこまでということだろう』
『・・・』
部屋を出る間際、もう1度トーマスが振り返る。
『君の手を見て分かった。チェロの修練もきちんとやっているね』
ドアを開けて最後の一言を言った。
『その場所でやりたいことが終わったら私のところへ来て欲しい。がんばってくれたまえ』
静かな音を立てて閉められたドアを見ながら、章雄は先の一言に思いをめぐらせていた。
「育てる・・・か」